就活オブザデッド

はじめに

このテキストは、時雨沢恵一氏のツイートを元に書かれたものです。以下、ツイート引用:

ゾンビが生前の行動を繰り返すので、普通に会社来て休みも取らずによく働くので、「もう、従業員全員ゾンビで良くね?」と、ゾンビ以外の新卒採用を控えてしまう、『就活オブザデッド』というのを思いついたので誰か書いて。

というわけで、軽く書いてみました。

本文

「君はゾンビとはどこが違うんだい?」っていう質問は面接の定番の質問だけど、それに答えるためのたった一つの冴えた回答なんていうのはない。それぞれの企業を研究し頭をひねり回答を用意しなければならない。さもなくば僕たちは祈られる。就職戦線で戦死し社会的敗者となる。


日本の社会的敗者が、何割かっていうニュースが毎日のようにテレビを騒がすけれど、『ゾンビ』が出てくる前に仕事を確保できた大人達は皆口を揃えて「自分たちの人生は、自分でなんとかするべきです」だなんてうそぶいて、僕たちを助けようともしてくれない。


ゾンビが発生してから4年が経っただろうか。事故死自殺以外の死は無くなり、代わりにゾンビになる。彼らは自意識と呼べるようなモノは無く、記憶も曖昧なようだったが、それ以外の行動は何も問題なくこなせた。まるでコンピュータのように合理的な判断を行い、そこに感情は差し込まれなかった。「ゾンビではなくミートロボットと呼ぶべきだ」と唱える者も居た。
貪欲な社会はそんな彼らを利用する。掃除洗濯などの判断を含まない簡単な仕事、その他多くのルーティンワークは殆ど彼らゾンビに任せられるようになった。そうして僕たち新卒社会人があおりを食らう。


「意識の無いゾンビたちに、僕たちが負けるはずはないんだ」なんて言って、毎日毎日戦場へと繰り出し最終的に内定を獲得するタフなソルジャーも居るけれど、そう言える彼らはスキルに資格に様々な武器を用意している雲の上の存在。意識は高く高く天よりも高く。
それ以外の地を這うような意識の低い圧倒的多数の、何者にもなれない僕たちは、意識が無いゾンビ相手に苦戦する。
「彼らは従順だからね。手順書に書ける内容だったら、何でもこなせるからね」
経営者は口を揃えて言う。そうして僕たちは隅に追いやられる。


「打ち壊せ、世界を」
そうして僕らは立ち上がる。最低限の自尊心すらも贅沢だと奪われるこの社会は、存在する価値は無い。ゾンビを、世界を。そして新しい世界を構築するのだ。そうしてニュー・ラッダイド計画は走り始める。


この計画で一番重要なことは、ゾンビ識別装置を開発することだった。ゾンビは一目で人間と区別できない。これを一目で区別できるようにすることで、効率的にゾンビの撃破を進めることが目的であった。
「意外と簡単だぜ?」そう言ったのは、山口と名乗る男だった。「意識がないっちゅーことは、脳内で使っとらん部分があるって訳やろ?脳の意識を司る部分が活動しているかどうかを見てやれば、ええんや。ええわ、俺がその装置っちゅーやつを作ってやる」僕はそんな山口の態度に惚れ、また自分の知識を生かせるだろうと、山口と同じく開発部門に志願した。


ゾンビ識別装置は、数ヶ月のうちに完成した。僕と山口は、その機器のテストをしに、会社説明会へと潜り込んだ。わざわざ会社説明会に潜り込まなくても良いのでは無いか、と僕は疑問を呈したけれど、この計画の意味を考えれば最初に説明会でテストをしなければならないのだ、と山口は強く主張した。僕には理解出来なかったけれど、山口の意見に従うことにした。


「説明会だと、皆スーツ着とるから、余計ゾンビと人間が区別つかんのや」と言って山口は装置を取り出す。「こういう場でこそ、これが活躍するんや」そう言って装置の電源を入れ、覗き込んだ。山口が、息を呑む。少しして、ゆっくりと装置から目を離し、僕の方を見た。「覗いて、みろ」覗いた先には、スーツを着て説明に聞き入る就活生がうつっていた。そして、多くの人にゾンビマークが浮かんでいた。


「結局の所、ゾンビは人間の正当進化やったんや」説明会を抜けた僕たちは、居酒屋で飲んでいた。騒がしい店の中を、虚ろな表情をしたゾンビたちが動き回っている。それらを指さして、山口は続ける。「大なり小なり、人間は皆ゾンビ化しとるんや」山口はジョッキをあおる。「何も考えず、皆と同じことをやり、自分の意見を消して。社会で求められてるのはそういうことや。ゾンビは、それに最適な解や」おばあさんゾンビが注文を取りにくる。中ジョッキ2杯追加。
「社会に、ゾンビのような人間が都合がよくて、それが求められているのだとしたら、就活生はゾンビになるのは当たり前や。皆同じ服きて髪型して、同じタイミングで頷き、メモを取る」新しいジョッキが届き、山口と僕はカラになったジョッキを返す。おばあさんゾンビは「どうも」と小さく会釈して空のジョッキを下げる。


「人間の、社会の正当進化がゾンビ。それは合理的かもしれん。けれど、俺は嫌や。ゼロかイチか即座に判断するコンピュータと違って、その狭間で悩むのが人間や。それが無くなってしまったら、生きている意味って何や?全て自明の選択で生きていく意味なんてない。我思う、故に我あり、や」山口はジョッキをあおり、空にする。僕もそれに続いて空にする。


「ところで、お前。お前は、なんでニュー・ラッダイド計画に参加したんや?」
唐突に問われ、僕は困惑する。何故、僕はニュー・ラッダイド計画に参加したんだろう。思い返してみる。分からない。何故識別装置班に居たんだろう。装置の開発がやりたかったから?分からない。僕は理工学系出身で、ソフトウェアに強かったから?そうだ。じゃあ、僕は装置の開発に協力できる人間だったから、計画に参加した?思い出せないけれど、多分、そう。けれど、言葉がうまくまとまらない。


「………まあええや。とりあえず、俺はこの後予定があるから先帰らせて貰うわ。お金、ココに置いてくな。装置の後片付けだけ、よろしくな」
そう言って山口は自分の分のお金を置いて、席を立つ。店を出るときに、何故か寂しそうな顔をして、僕を見た姿が気になった。
目の前の装置のスイッチを入れる。かすかに起動音がして、装置が稼働する。僕は装置の正面に手鏡を置いて、フォーカスを自分に合わせる。判定開始。僕は覗き込む。そこには僕の顔と、ゾンビ判定のマークが浮かんでいた。