僕たちが「3月のジェルミナル」を読むべきたった一つの理由。

面白いからである。
ーーそれ以上でも、それ以下でもない。

僕は完成された料理に対して、ケチャップをぶっかける趣味はない。けれど、書評だとかレビューだとかそういうものは、得てしてそういう側面を持ってしまう。そして、悲しいことに僕はそういう行為をしなければならないような、そんな衝動を内に抱えている。

正義とは、何だ?

幼なじみを喪ったことをきっかけに、犯罪者に対する嫌悪感を抱くようになった主人公「是多」。彼は、犯罪に対を成す正義について考えるようになった。
そんな彼が、ふとしたことで限定された、けれども驚異的な能力を手に入れる。それを駆使すれば、犯罪者を葬り去ることも可能である。
ーーきっと、それは正義だ。
そう信じて、孤独に戦う是多、そしてそれに立ちはだかる敵。これは、主人公「是多」の正義を巡る戦いである。

このように書くと、単なる中二病小説なのだ。けれど、その中二病がこの作品の主題だ。

3月のジェルミナル (スーパーダッシュ文庫)

3月のジェルミナル (スーパーダッシュ文庫)

良い作品には、哲学がある。

長く使われるものには、名作と呼ばれるものには、哲学がある。たとえば、Linuxにも何十年も前に生まれたUnixの哲学が息づいている。そして、この作品にも哲学がある。
それが「正義」だ。
正義とは何ぞや?中学生や高校生じゃあるまいし、何を言っているんだと一笑に付す人が多数だろう。けれどこの答えを持つ人間は、少ない。そうでなければ、サンデル教授に縋るような人間は皆無なはずだ。
結局のところ、正義なんていうものはポジショントークなのだというメッセージを、僕はこの作品から受け取った。アニメや漫画の中で描かれる「絶対的な悪」などというものは存在しないし、その対局の概念である「絶対的な正義」というものも勿論存在しない。
そして大抵の場合、そこに多数決が出張ってくるのだけれど、さて、その多数決というものが本当にきっちりと全ての民意を網羅して反映できているのだろうか?ーーもし反映できるのだとしたら、「多数決の暴力」などという言葉は、存在しないだろう。多数決ですら、作りだそうと思えば恣意的に作り出せるのだ。
中二ラノベの皮を被って僕たちに問いかけてくるこの作品。一読するべきである。漫画「1月のプリュヴィオーズ」の単なる前日談では、収まらない*1

1月のプリュヴィオーズ 1 (愛蔵版コミックス)

1月のプリュヴィオーズ 1 (愛蔵版コミックス)

後挨拶

どうもm-birdです。この作品、久々に「これやで!」と叫びたくなる感じの作品でした。
近頃「中二病」という言葉が流行っているようですけれども、中二病に罹ったキャラクターを出せば良い、というメタレベルでの扱いになってしまっていて、純粋に「作品が中二」しているものが少なくなっているように感じていました*2
そこできたのが、この作品ですよ。星屑七号氏原作、ついへいじりう氏執筆のこの逸品。レビュー書こうにも「とりあえず読んでからこいや」としか僕の両腕はタイプしてくれず……クッ……収まれ……俺の両腕たちよ……!
しかし、昨今の「シリーズを続ける為に展開を薄めて伸ばして、キャラクターの掛け合い多めに展開は最後の十数ページで」という傾向とは真逆を行く「超・濃縮ラノベ」は、現在のラノベの中では、異端なのかもしれません。そう、主人公是多が異端であるように。けれど、それが心地よいのです。とてもお得。濃縮果汁還元の原液飲むより捗ります。
ただ、一つ惜しいのは、「濃縮ラノベ」であるが故に、主人公の背景描写が少し物足りなく、前半部で感情移入がしづらい点です。しかし、これは続刊続々刊……と続くごとに解消される問題なので気にする必要は無いかもしれません。

……続刊、待っております……。最後、あの引きでこちら側の物語は「糸冬 了 」というのは、あんまりですよ……?

*1:1月のプリュヴィオーズの裏にここまでストーリーがあるのならば、全ての人物の前日談を描いて欲しいと思ってしまう

*2:観測範囲狭いだけかもしれませんけれども