乾いた髪

大学宿舎の共用棟の前は、出会いの場。共用棟の中には共同浴場があり、夜になると風呂セットを小脇に抱えた学生たちが冬の夜の寒さに身体を震わせながら、ぞくぞくと集まって来る。ここは、風呂上りの異性と出会う数少ない場所。欲情、とまでは言わないけれど、心が少しさみしい人たちがふと足を止めて、反対側の異性の浴場を見やるのだ。
私もそうだ。番台のところで、色んな人たちの匂いにふと足を止めてしまう。そしてそんな中に彼の姿を探す。
彼はいつも7時半ごろに、やってくる。私はすっと姿を自販機の影に隠す。彼は私に気づくことなく共用棟に入り、風呂に向かう。私は携帯を取り出し時間を確認する。


私が彼と知り合ったのは、つい二か月前。必須単位を落とした私は、一年生と同じ講義を受けていた。元々引っ込み思案な私は、顔も見たことがない人に囲まれ、分からないところも聞けずにいた。そんな中、たまたま隣の席に座っていた彼が、「この講義難しいよね、僕も分からないから一緒に勉強をしない?」と声を掛けてくれたのだ。
高校時代なら当たり前の光景。けれど、孤独を感じていた私にとって、それはとても印象的な出来事で、学期が終わり講義が終わった後でも、彼を探すようになっていた。けれど、名前すらも知らない彼。そんな彼との接点は共用棟の前しかなかったのだった。


二十分ほど経ち、先ほどの友達と共に出てくる。私は自販機の影から身体を出して、彼に「偶然だね」と声を掛ける。彼は「また会ったね」と笑って返してくれる。私の心は温る。けれど、彼と一緒の時間はほんの数十秒間のことで、入口の前で「それじゃ、また、風邪引かないようにね」と声を掛け合って別れる。私は少しの間入口を見つめて、その場を立ち去る。

道路沿いに止めた自転車には、薄らと凍っていた。吐く息は白く、きっと天気が悪ければ雨でなく雪になるだろう。私は自転車の鍵を外し、自転車のかごに風呂セットを投げ込んだ。そしてスタンドを外して自転車に跨る。冬の夜に乗る自転車は寒い。いつの日か、彼が私の乾いた心と冷えている髪の毛に、気づいてくれることを祈ってペダルを踏み込んだ。