短冊に込めたベンツの願い

僕は意外と子供の頃の記憶がはっきりとしていて、たとえば保育園のころに短冊に願ったことまで覚えている。保育園の"中年組さん"の頃の話だから4歳の頃、僕が願ったのは「ベンツに乗りたい」という事だった。

ベンツ。90'sなそのころ、僕の母はベンツからは程遠いパルサーの二ドアなマニュアル車に乗っていて、保育園に向かうたびにブフゥーンガッチャン、ブフゥーンガッチャンという独特のリズムに体を任せて保育園に向かっていた。
そんな狭い狭い日常の中、歯医者で開業医をやっている友人の車に一度だけ載せてもらったことがあった。その車はパルサーとは少し違っていて、シートが革でできていて、カーブのたびにつるるるるっと滑るし、なんかスピードを上げるときにうぃーんがっこん、うぃーんがっこんと操作をしなかった。僕は衝撃を覚えた。

家に帰って、「松本君の家の車すごかった!」と話すと、僕の母は「あそこのおうちの車はベンツだからねえ、いい車だからねえ」と言ったのだけれど、その言葉がまるで呪いのように僕の心に突き刺さって、短冊に「ベンツに乗りたい」って書くほどにも育ったのだった。

ベンツ。足を忙しく動かす必要がなく、静かに動く車。シートがまるでブランドもののバッグのようにつるつるとしているベンツ。そのベンツは、ディズニーランドのシンデレラ城よりも魅力的なモノに思えて、僕の心の中を占領していった。ついには短冊にお願いするほどに。

それから22年。18回もの七夕を迎えても、未だに僕はベンツのオーナーになることは叶っていない。いや、叶うことなんてあるのだろうかと、22歳の今僕はカンパリの大瓶を抱きながら疑問を胸に抱く。
いつか出来るであろう僕の子供が「ベンツに乗りたい」なんていう、小さな夢を短冊に書かない程度の甲斐性のある、大人になれますようにと、僕は22回目とあと4日過ぎた夜空に願う。