舞城王太郎「九十九十九」を読みました - なにこれやばい

もし僕が「この小説どうだった?」と聞かれたら「読めたもんじゃないよ、メッタメタの作品だった。ミステリーっていうか、SFかもしれない。」って答えると思う。読めたものじゃない。いや、読むものじゃない。感じるもの。いや、もうすでにこの作品は小説っていう形を取った、ジェットコースターのような乗り物であるかもしれないし、ぶびぃーって音が鳴って緞帳が上がるような、そんな劇なのかもしれない。
この作品は、作中の主人公=九十九十九に、九十九十九のことを描いた作品が届けられる。九十九十九は「こんなこと起きてねーよ、でも本当のことも混じってるよ!」と言いつつ行動を取る。第二話では第一話を受け取り、第三話では第一話と第二話を受け取り。
全7話あるんだけれど、時々その物語の順番を入れつつ進んでゆく。そして、届けられた小説は、その世界へと影響を与えてゆく。リンクしてゆく。
全ての物語は、少しずつ重ねた紙のように積み上げられて行って、でも単純に上へ上へと積まれているだけじゃなくて、それぞれの物語がそれぞれの物語と複雑に部分部分で重なり合っている。その全体的な構造は把握不可能。読者はその物語の中をベルト無しのジェットコースターで揺られて振られて振り落とされて、落ちた先でまた別のジェットコースターに拾われてぐわんぐわんと疾走する。
僕は、この作品の構造をSF的だと思った。SFと言ったら、現実と物語の違い=differenceを楽しむものだったりするのだけれど、これはそれぞれの物語の共通点を発見したり気づいたりして楽しむ。普通のSFと逆の楽しみ方。
ともかく、感想すらまともに書くことが難しいこの作品は、新世代の奇書なんじゃないかなあと僕は思う。現代をうまく表現している本なんじゃないかなあとも思う。現代にだって真実なんていうもの、一体どこにあるっていうんだ。

九十九十九 (講談社文庫)

九十九十九 (講談社文庫)