近所の異常な弁当屋、また如何にして私はお金を払わずして弁当を手に入れたか。

「やっぱり一人お金入れないやつが居るっぺよ、毎日毎日。」そうおじさんが他の客に愚痴を零すのが耳に入ってくる。ここは近所の弁当屋
この弁当屋にはいくつもの伝説がある。ここに書くのははばかられるが、どれもパンチが効いている。そして伝説を冗談だと思って弁当屋に行くと、おっちゃんが堂々とタバコを咥えながら出てきて思わず「今日もタバコが美味しいですね」と言いたくなる事請け合いだ。
そんな弁当屋だから、「つくばの人は皆いい人だっぺよ」的な性善説に基づいた「弁当無人販売所」を思いついて実行してしまうのは何ら不思議ではなく、冒頭の愚痴へと繋がってしまうのだった。どのような販売形態かについて言及しておくと、おかずだけが詰められた弁当がいくつも並んでいるのでその中から好みのものを選択、そして自分でホカホカのご飯をジャーからよそう、というものである。因みに、お金は黄色いコップに300YEN。人件費、セキュリティ対策などを極限までカットしてコストダウンした結果、非常にリーズナブルな価格を実現している。しかしそれでも、弁当をキャッツ・アイ*1する奴は居る。毎日毎日、決まって一人。おっちゃんはそれを嘆き、しかしそれでも弁当を置くことをやめず、毎日運び続ける。
さて、無人販売所をやり始めただけでも「オーモーレツ!」とスカートがブワっと舞い上がってしまいそうな程に驚きなのだけれど、これを上回る事件が先日起きたのだ。「肉じゃがの上手な嫁ほしくね?」「俺、作れるぞ」「結婚して下さい」とかそんな他愛のない話ばかりしていると時計の針は僕たちを置いて進んでゆき、いつの間にか午後8時。こんな時間からジャーの運転を開始していたら餓死してしまう。赤い角付き炊飯器でもなきゃきっと間に合わない。老夫婦の悲壮な餓死事件を断固阻止するためにはすぐに食べられる弁当を買ってくるしかない。そう結論を出して、肉じゃがの上手な嫁(23歳 男性)と二人して例の弁当屋に向かう事となった。
「ちわー。から揚げ弁当一つ下さい〜」たばこの煙が立ち込める店に入りいつもの注文をすると、顔を赤らめたおっちゃんが出てきて「○×▽◆☆っぺよ。」と投げかけてくる。ネイティブ・イバ弁のおっちゃんの言葉はなかなか難しくいつも3回は聞き直すのだが、今日はなかなかに呂律も怪しく、何度聞き直しても意味が取れない。イバ弁準2級の友人の方を見やると「何か買ってきて、って言ってるみたいよ。」とのこと。おっちゃんは、缶ビールの缶と千円札を持って指を3本立てている。どうやら「このビール買ってきて、3つ。おつかい。」という事らしい。ちょこちょこと利用している常連客であるので私に頼んだのだろうか、それにしてもこんな事を頼むなんてつくばは人情の町だよな、と話しながらすぐ眼の前のコンビニへ向かう。頼まれたブツはキリンの発泡酒"ストロングセブン"500mlを3本。「ちょっと飲み過ぎじゃね?」「まあ、酒は命のガソリンって言うしさ」「命の水な」だとか話ながら弁当屋に帰還した。
ガラガラガラッと店のドアを開けると、ちょうど弁当を詰め終わったおっちゃんがレジに出現。「ありがとーありがとー」と弁当を差し出してくる。から揚げ弁当は確か390円。昼間の日替わり弁当と比べると少し値は張るが十分安い。先のビール代のお釣りを渡して財布を取り出しているとおっちゃんが手をブンブンとやり何かを言ってくる。「いいっぺいいっぺ。」「あれ、値段間違えましたか?」「いいっぺ、おつかい頼んだから、これサービスね。ありがとね。」「……え?」「このビール、お客さんがさっきくれたんで飲んでみたら、凄いおいしかったのよ。ありがとね、家帰って飲むんだよ。」「あ、そうなんですか……」想定外過ぎて言葉が出てこない。「もう9時だから、店閉めて家帰るね。ありがとね。」「あ、いえ、ども……」尚、以上の会話のやり取りは現代的標準語に書き下した意訳である。
友人と弁当屋を後にし、歩いているとおっちゃんが店じまいをし始めた。その姿を見ながら僕と友人は携帯電話のディスプレイを眺める。暗闇の中で液晶ディスプレイは鮮やかに時刻を表示する。示すは"8:04"。「おっちゃん、酔っ払って時刻勘違いしてるんだよね……」「多分ね……」僕たちはパチリと携帯電話を閉じてアパートに戻った。

*1:いわゆる一つのネコババ