内臓プール(2)

内臓プール(1)の続き
一週間後、私は再び空の上に居た。全然乗り気でなく、もうこんな企画とは関わらずにさっさと先輩に「残りお願いします」と企画を突き返してたったかたと逃げるつもりであったのだけれど、先輩の「お前がまわし始めた企画だろ、最後までやらなくてどうするんじゃ」という有り難いお言葉のお陰で再びロシアへと向かう事となったのであった。
「お前、こういう企画はな、どっしりと構えて面白い映像をフレームに収める事だけ考えればいいんだ。面白い映像を撮るためにはどんな手を使えばいいのか、それだけを考えればいいんだ。」そんな台詞を吐く先輩の顔は常に楽しそうに、しかし邪悪に笑っていた。「でもあれ以上の映像を撮るとかどう考えても無理ですって」「俺に任せろ。なーに大船に乗ったつもりで居ればいいんだよ。今は鉄の鳥の中だがな!ははは!」でかい笑い声をあげて周りからの顰蹙を買うのもいつものことなのでサラリと受け流す。
そうした非常に居心地の良い空の旅を終えて降り立った先から更に陸路で移動する事十数時間、結局のところ最後まで目的地と撮影する内容を教えてもらえる事も無くまるで自分が電波少年のプロデューサに拉致されてしまったかの様な感覚から抜け出す事の出来ぬまま、現場に到着した。これだと全く私がプロデューサなのかどうなのか怪しいものだ。「ついたぞ、ここだ。」その声で急かされて車から降りたのは、まるで漫画の一コマから抜き出したかのような中世風の家が立ち並んだ田舎であった。落ちる寸前の日の光によってより現実味の無い風景が味付けをされていた。「こんな古い町も未だ残っているままなんですね。」「そうだな」そう答える先輩の顔はもう既に心ここにあらずといったものでそわそわと何かを待っているようであった。「おお来たか、待ってたぜ準備は既にできている。」そう声が先を見ると、局で時々顔を見る面子が居た。「そうかそうか、それは素晴らしい。おい、ほら行くぞ」先輩はこの人たちを探していたらしく、たたたっと早足で先着クルー達へと駆け寄った。「今日はお前がメインなんだから」ゲラゲラゲラ。いつものあの不快な笑い声が、今日はより一層不気味であった。
「暫くここで待っていて下さい、撮影の準備が出来ましたらすぐお呼びしますので」そのような事を言われ、全く自分が指揮をとるはずであった撮影の準備は、私の預かり知らぬところで着々と進んで行った。裏で暗躍していたらしい先輩に問いだそうとしても「お前はとりあえず黙ってそこに居ればいいんだ、必要なときに呼ぶから」ということばかりを繰り返し、取りつく島がない。日本から持って来たネスカフェのインスタントコーヒー、カプチーノを飲み不安と苛々が混じった気持ちを落ち着かせる。「一体私は何のために来たのか分からないじゃないか。」そう独り言を言いながらコーヒーを啜っていると目の端に映る企画書があった。「あれ、こんなところに持って来ていたっけ」と拾い上げると、そこには信じられないタイトルが。「番組プロデューサが挑む!ロシアに未だ残る信じられない部族!」そのときピコーンと気がついてしまった。結局の所私を使うという事はそのままの意味だったのだ。そうだ。私は単なる先輩の番組の道具の一つとして使われる為に連れてこられた。道具のように持ってこられた。そう気がついて愕然としている意識の中に、しかし一部冷静な部分が残っていた。でも、なぜ、無茶をできる若手芸人を使わない?視聴者もそちらの方を喜ぶはずだ。いや、違う。企画書を見ると、当初若手芸人を使う予定であったようである。それを使っていないということは、使わないのではない、使えなくなったのだ。「水野さん、出番っす」そんな私を呼ぶスタッフは、私をプロデューサとしてではなく単なる出演者として扱っていた。
「はいはい、こちらに立って立って。今日はお前が主役なんだからな、気合い入れて行けよ」そんな言葉を発する先輩の顔は始終興奮しっぱなしの顔であった。まるで発情期の豚。そんな豚は見た事もないけれど。「それじゃV回すからな、お前はとりあえず目隠し・耳栓のままプールに突っ込め、いいな?」そんな事を早口で捲し立てた後、先輩に乱暴に目隠しをされて耳栓を突っ込まれた。ついでに腕も後ろ回しに縛られ、自由なのは足だけとなった。そうしてその数刻後、合図、ポケットの中に入った振動機能付きの無線が膝を打つ。ビーンビーン。しかし、私は先ほどまで目の前にあった、ビニールシートに隠されたものの中に飛び込む気がせず、そのまま立ちすくんでいた。そして、立ちこめる臭い。生臭い。「飛び込める訳ないじゃないですか!」
足だけは自由であり、感覚で元来た道を戻ろうとすると体に衝撃が走る。ガツン。同時に耳栓が片方落ちる。「お前の仕事なんだよ、さっさと跳べ!」「嫌です!」「お前しかやれる奴はいないんだよ、芸能プロにも断られたし!」「何でですか!」「内臓のプールに飛び込むの何て流石に誰も受けたがらないんだよ!」「はぁ!?内臓の、プール!?」「いいから、さっさと跳べ!」どんっと一段と強い衝撃を背中に受けると同時に、バランスを崩す。倒れ込む。そして、目隠しがずれる。その瞬間見えたものは、茶色い、本で見たような内臓に埋め尽くされた小さなプールであった。その瞬間、思い出す前回のロシアでの取材。「あの事件の犯人だけじゃないんですよ、異常なのは。あいつが生まれた部族がおかしいんですよ。一見普通なようで、その実生の内臓に異様な執着心がある民族だそうで。昔から新鮮な人間の内臓を手に入れる為に色々暗躍していたそうです。ただ、最近は一応"家畜の内臓"というのを代用しているそうです。しかし、その"家畜の内臓"は誰も調べた事がないのですけどね。」そして、私は口の中に内臓が入り込む感触を覚えながら意識を失った。

(完)

あとがき

何かあれです。リアルこんな夢を見ると凹みます。叫びながら目を覚ましたのを覚えています。やたら設定が細かいのも笑えます。ぶっとんでて色々突っ込みどころあるのに、何故かどうでもいいところの設定が細かいです、私の夢。
これ作っただろって?ほんと、作ったのだったら何も考えず作業だけでこんな気が狂っているとしか思えないテキスト書けませんよってば。