内臓プール (1)

「おいお前、近頃視聴率落ちとるがな。」「はぁ、すいません。」「次な、超イカした企画をお前に譲ってやるから絶対成功させな。」テレビのプロデューサをしている私は近頃の視聴率低迷に喘いでいた。数値数値数値。そんなものは窓を開けてバハハーイと捨ててしまいたいけれど、それの良し悪しで飯を食わせて貰っているからはいはい、と聞いておくしかない。サラリーマンの悲しい性。先輩は凄い企画を譲ってやると言っているがそれはきっと、自分がやりたくないけど数字は取れるような番組なんだろう。要領がいい先輩は局でも出世頭だ。そして私はそれに利用され吸い取られる方。ちゅーちゅーちゅー。
「恐怖の人間伝説」とかいうげえっと思わず言葉が出ちゃいそうなありきたりな草案は、しかし特番でやるにはそれなりに数字が取れそうな内容だった。恐怖の人間伝説っていうとどんな牢獄でも飛び出しちゃう人だとかそんなのが思い浮かぶけれど、今回は一人の伝説の人間を追いかけるらしい。生内臓食いの人間。最初はおえええっと思わず思ってしまったけれどへへぇ、確かに今までは都市伝説だとかそんな眉唾な信用のならない情報じゃなくて、きちんと裏付けがある情報らしい。
その人間の伝説というのはこうだ。ある日行方不明の人が出て探しても探しても見つからない。しかしその走査線上には一人怪しい人物が浮上する。そこまではありきたりな事件で欠伸がものなのだけど、その人のアパートには確かに血痕だとか事件の跡があるのに遺体が見つからない。車もないし遺体を担いで遠くまで行けるはずがない。でも探しても探してもその証拠はみつからずに警察が困り果てている先で自供した内容が「食べた」の一言。 まさかでもしかし、そんなこともあり得るのかもしれないと警察が当時の科学技術の粋を集めた色んな検証をした結果、やっぱりその供述はどうやら正しいらしいという事になった。そして、その犯人は他の犯罪者と同じで裁判で裁かれて極刑の終身刑に服す事になったのだけれどもまたそこでも事件が発生。収容者が多すぎて一人部屋に二人入れてたら一人が消えちゃったんだという。まさかどっかのミステリー小説じゃあるまいしと言いたくなるのだけど、やっぱりその犯人は同室の人間で、我慢しきれずに食べちゃったとかいう話。おいおいおいそんな人間と一緒に居られっかという事になって、刑務所の中では暴動だとか騒ぎだとかが起きるんだけどその結末としては刑務所に居た人間の1/3が死んじゃったらしい。暴動の最中、「人食い」犯の牢屋が開いてしまっていたらしく、その騒動のときこれは幸いと次々と色んな人間を「味見」していったとのこと。正直こんな信じられないような事件が起きていたのに、今までテレビでも取り上げられた事が無いというのに驚きだ。しかもこの事件の犯人は未だに生きているとのことで、これは是非ともインタビューを行わなきゃならないだろう。私はケツポケットに仕舞ってあった携帯を取り出して飛行機の予約を行った。行き先は、ロシア。
1週間後私はスタッフと共にロシアに着いていた。本当は日本からきちんとアポを取った上での取材をしようとしていたのだけれど先方がなかなか取材に首を縦に振らないものだから、飛行機の日程が先に来てしまったのだ。「プロデューサ、アポも取れてないのにこんな所来て意味あるんスかね?」「仕事だからしゃーねーだろ」そんなやりとりをしながら取りあえずは問題の人物が収監されている刑務所へと向かい所長に直談判をするための段取りを話し合った。人間行動あるのみ、なるようになるさGO MY WAY.しかし物事っていうのはうまく行ったり行かなかったりの繰り返し波長みたいなもので、あれだけ日本からお願いしても取り合ってくれなかったのに現地で訪問した途端に一発GOサインが出て何とか取材ができることと相成った。俺たちこれ付いてるんじゃね、バカ言え付いているのは股間のソレとテレビ局の金だけだという冗談を話しながら施設を見て回る。刑務所は非常に古くて前時代的な設備のようであるけれど、前時代的なものは設備だけでなく運営自体も見た目に沿ったものであるようであった。今時足や首に鎖付けてっていうのはどうなのよワンちゃんじゃあるまいし。そうして施設の奥の奥まで案内されとうとう問題の人物の所にたどり着いた。「おいおいお前ロシア語喋れてもあいつとコミュニケーションとれるのかよ、あれはロシア語というより何かもっと別のコミュニケーション手段を取らないと意思疎通が図れないだろ」なんていう言葉がスタッフから聞こえてくるほどその囚人の見た目はおぞましかった。まるで浮浪者のような恰好をしているのにも関わらずその人間離れした大きさの体からは威圧感がひしひしと伝わり、動物的本能といえるものがこの場から一刻も去るようにと警鐘を鳴らす。カーンカーンカーンさっさと出てかないとあの毛むくじゃらの浮浪者にばくんと食われちまうぞ。「おいカメラ回してマイク用意しろ。インタビュー内容は昨日の通りだ。」いつも通りの指示を出すだけでも声に震えがきてしまうが、スタッフにだけは怖がっているのを悟られないようにする。「ッス。スタンバイ完了ッス。」その言葉と共にインタビューは始まった。「あなたは何故人の肉を?」「あなたの目的は食べる事それだけだったのですか?」そんなありきたりな質問をしながらカメラを回してインタビューを進めるが、しかし相手の反応が無くテープの回る音だけが響く。ああやっぱりコミュニケーションなんて取れる訳がない、と諦めて最後の質問をしたとき初めて声が聞こえた。因みにそいつが喋ったのは逮捕時以来のものだったらしい。「食うのが常識だったから食っただけだ。」そしてそいつは言葉を発すると同時にガシャン!と言う音と共に私の目の前まで飛び、私の腕の肉を喰らった。
牢に体を預けていた自分を呪いながらその日のうちに手術を受け、クリティカルな神経とか血管とかいうものは無事だったという事で2日後には退院して日本に戻った。こんな事件になってしまってこの企画をどうしようか、文字通り身を削って撮影したショッキングな映像はあるけれども、こんなものをお茶の間に流せるはずがないよと悩んでいると「木下」というプレートがパーンと投げつけられてくる。「先輩何ですか?」「お前腕食われたんだってな」ゲラゲラゲラ「冗談じゃないですよ鎖で繋がれてたから大丈夫だと思ったら何であんなに長さに余裕があるんだか」「でもこれであいつが本物だってことが分かっただろ?」ゲラゲラゲラ「分かりましたけどこんな映像流せませんって」「何言ってんだモザイク掛けりゃ何とかなるだろ。これくらいショッキングなVが無いと数字も上がらん。俺の考えた企画無駄にするんじゃないぞ。あ、後腕食われてダイエットになって良かったな」ゲラゲラゲラと不快な笑声を上げながら先輩は去って行った。
(続く)