正夢使い

爽快だ。僕は、爽快という言葉をここまで全身で感じたことは、今までになかった。風と一つになる。地球と一つになる。そう言って地球を守ろうとしている人たちの気持ちが、今日、今、この瞬間分かったかもしれないと僕は思った。悩みも雲の向こう側へスッコーンと吹っ飛んで行ったようだ。体も軽い。爽快である。高い高い空に、雲が流れている。非常に心地良い風が吹き抜けてゆく。体中でその風を感じる。気持ちが、いい。
「ああ、こんなところで空を楽しんでいる暇はないな、学校に行かなければ!」
僕はそう思い、駆けた。股間のソレは左右に打ち付け、僕の走りのリズムを取った。


「何という夢を観てしまったんだ……。」絶望し、布団から起き上がる。所謂世間一般での夢落ち。しかし、僕が夢を観たという事実は、他の人のそれとは多少趣を異にしていた。通称、正夢使い。観た夢全てが事実になる。もしかしたら既に決まっている未来という事実を、夢という窓を通して覗いているだけなのかも知れない。しかしどちらにしろ意味している事は同じだ。「自分が観たものは必ず現実に起こる」。
「自分が裸で登校するだって?何が起こる?着るものが無くなる?着ていたものが無くなってしまう?」焦る気持ちを抑え、思案する。もしかしたら、自分の能力を読み違えているだけなのかもしれない。もしかしたら、可能性の高い未来を観ているだけで、不可避の事実を夢で観ている訳じゃないのかもしれない。そうだろう。そうじゃないとおかしいはずだ。なぜならば、僕は晴れ渡る空の下、裸で出歩いて爽快だなんて思う変態じゃないはずだからだ。そう思うと、勇気が湧いていた。「ハハハ!ファック・ゴッド!お前の思い通りなんてさせてやるか!」
まずはクローゼットを開ける。オーケー、服は満タンだ。素早く着こみ、そして刹那考える。もし追剥に服から下着まで盗られたらどうする?取られても大丈夫なように服にも冗長性を持たせるべきだ。オーケー、だったら幾ら暑かろうと何枚でも着こんでやるぜ!そう思い、重ね着をした。4枚、5枚。パンツに関しては最終防衛ライン。譲れない闘いがある。念には念を入れて、6枚の重ね履きをした。ブリーフ派の僕にしか出来ない芸当だ。長年ブリーフを馬鹿にしていた奴ら、俺の方が正しかったじゃないか。そうほくそ笑みながらズボンを3枚履いた。重ね履きしたブリーフと制服のズボンにきゅうと睾丸が締め付けられる。今はそれが頼もしく、また心地良かった。

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秋晴れの空の下、僕はまるで冬服を着ているかのような格好だった。母親はまだ寝ている。時刻は朝の6:00。この時刻ならば道路も空いているし、追剥に襲われる可能性も減るだろう。何よりも、一番安全であろう学校に早く辿り着くことが出来る。そうすれば勝ったも同然だ。家の門を開け、後ろ手に閉める。ガシャン。まだ鳥の鳴き声だけしか聞こえてこないこの空の下、僕はただ一人の人間としてこの空間に存在していた。「負けるものか、夢なんぞに。」そう呟き、両頬を叩いた。パァァーンと響いたその音は、闘いの開始の合図のように思えた。
学校までは徒歩でおおよそ25分だった。25分。普段は8時に家を出て始業時刻の8時25分丁度に着くようにしていた。そこから2時間も早い時刻であった。その2時間で、普段自分が覗いている世界とは全然別物のように思えた。「朝っていうものは、気持いいものだな。」そう思わずには居られなかった。

曲がり角に差し掛かると、丁度角を曲がる女性が居た。松下加奈子。ロングの黒髪が艶々と綺麗で、ふんわりと心地よい匂いが僕の心をときめかせる。17歳で僕と同い年、そしてクラスメート。凛とした雰囲気を纏い、その大きな目を細めてが嘲り気味に「貴方、何やってるの?高校二年生にもなって恥ずかしくないの?」と注意してくる時にはいつも興奮を隠すのに精いっぱいだ。僕は、彼女に恋をしていた。彼女の匂いだったらきっと7m先に居ても嗅ぎ分けられる。そんな自信があった。「こんなに朝早く登校しているなんて、流石加奈子様……!朝のご挨拶をしなくては!」そう僕は思い、駆け足で彼女の後追った。「おはようございます、加奈子様!」
彼女は裸だった。比喩でも何でもない、素っ裸だった。エジプトの奥地ではないここ日本で、彼女はその美し肢体を惜しげもなく白日の下に晒していた。「か、かか加奈子さん一体どういう事で!?」僕はたじろぎ、思わず後ろに倒れこんでしまった。6枚のブリーフと3枚のズボンを押しのけて、僕の息子はその存在を主張していた。そびえ立つそれは、まるでバベルの塔が如き業の深さ。僕は赤面し、急いで自分の股間を手で覆い隠した。
「まったく、貴方って人は本当に下等なんだから。一体どうしてそういう事しか考えられないのかしら?」彼女はふうとため息をつき、僕を見下ろした。「全く、いつまでもそうやっていられると、私が貴方を虐めたみたいじゃない。早く立ち上がって貰えません?」そう言って彼女は一歩僕に近づき、手を差しのばす。「ほら、早く。」僕の顔の前に、彼女の。「だだだだだ、大丈夫ですから!」僕はそう叫び瞬間的に飛び上がった。
「しかし、なぜ加奈子さんは裸なんですか?」自分の息子の不肖を誤魔化すために、僕は素早く言葉を繰りだした。「何かイベントってありましたかね?」彼女はいつもの見下した目線を僕に送り、僕の収まりかけた息子はまたエレクトしてしまいそうになる。
「はあ、貴方って人は。今日、10月15日をもって全日本エコ政策の本格始動だってのを忘れたの?」「全日本エコ政策?」「そう、全日本エコ政策。25%の温室効果ガスを削減するために、着るものから何から何まで追加で税金が課せられるようになったの、もうずっとテレビで言っているでしょ?服だって娯楽扱い、税金が掛からないのは米とみそ汁位なものよ。」ふぅ、とため息をつく彼女は美しかった。全裸だし。「こんな大切なことを忘れるなんて、貴方らしいわ。」彼女が表情を緩め、ふふ、と笑みを浮かべる。僕は思わずその横顔と肢体に見とれた。
「ところで、貴方はその服を脱がないの?」「え、い、いや、その……流石に恥ずかしっていうか……税金取られてもせめて服はっていうか……。加奈子さんこそ、恥ずかしくないの?」「そ、そりゃ恥ずかしいに決まってるじゃない……!でも、日本の政策で決まったことだし、テレビのアンケートでも明日から全裸だって人多かったし……。」「そ、そうなんだ……。」「そ、そうよ!だって、あんな高い税金払える訳ないじゃない!」彼女が取り乱す様子は新鮮だった。「いいから、貴方もさっさと服を脱ぎなさい!まだ冬じゃないんだし、裸でも大丈夫よ!」「わ、わ、わ……!ちょっと!」僕は彼女に服を毟られるように脱がされて行った。ブチブチブチッ!ボタンが飛び交い、ゴムを引っ張られ、次々と剥かれて行った。「全く、貴方って人は何でこんなに着こんでるのよ!」そう罵倒する彼女の声が、また耳に心地よい。「はい、これで終了!」僕は確かに天下の公道で真っ裸だった。
「……あら、貴方。いい肢体してるじゃない……。」彼女はぽお、と頬を赤らめ、僕の肢体を舐めるように眺めた。足先から腰の辺り、へその辺り、また腰の辺り、何度か繰り返した後僕の顔。「ふふ、真っ赤。可愛いわね……。まだ6時半ね。いいわ、こっち来なさい。私のお家。」

その後の事は余り覚えてない。確かに、情熱的な充実した時間を送ったことだけは記憶に残っている。結局、学校に行ったのは次の日以降で、その学校では殆どがカップル成立、いちゃいちゃウフフ状態だった。それどころか日本全国総カップル状態になったらしく、市役所も婚姻届が殺到して大変な事になっていたらしい。そして、1年後には第三次ベビーブームが到来、日本の人口は一気に増大する事となった。エコ政策と少子化対策を同時に実現した時の総理大臣、鳩山は敏腕政治家とよばれ、以後日本は大胆な政策により大きな成長を遂げて行った。
「大胆な政策は、いつか効かなくなる。やりすぎてはいけない。」近頃、エコノミストたちはそうテレビの枠の中から主張している。「政策のせいで振り回された人たちは大勢いる。政府は彼らの人生に対して何ら責任を追っていないじゃないか!」僕たちは確かに政策で振り回された世代だ。しかし、その政策が無かったら今のこの生活はないだろう。そう思いながら今日も6人目の子供をあやすのであった。全裸で。