別れの日。

「おにーちゃん、私も連れて行って!」そういつものように声が響いて、とててててっと僕の横に走り寄ってくる。「私を置いていくなんてひどいよ、ちゃんと連れて行ってよ」「すまんすまん、楽しそうに何かやってたから、邪魔しちゃ悪いかなって思って」「お兄ちゃんと一緒に居る以上に楽しいことなんて無いんだから、いいんだよ。」にっこり笑って僕の方を見る、その妹は健気で僕は妹を愛していた。
中学時代から僕は妹とやたら仲が良く、いつもどこに行くにしても妹が傍らに居た。「お前ら本当にいつも一緒だよな」「羨ましいか」「いや、お前も物好きだよなって」そう友人は笑って、「それじゃ、俺はお邪魔みたいだから」と言いながらチキチキチキっと自転車のチェンジを変えて走り去って行った。「おにいちゃん、二人きりだねっ」友人が見えなくなると妹は嬉しそうに、手に抱きついてきた。
高校時代に入ると、僕はそれこそ寝る間を惜しんで妹と時間を共にしていた。風呂にさえ一緒にはいり、時にはトイレまで共にした。「お前、やばいんじゃないか」そう友人に面と向かって言われることもしばしばで、「例え他の人からどう見えたって、僕自身は今が楽しいんだ。今を後悔したくないんだ」と、決まってこの言葉を返していた。「これでいいんだよ。」
しかし、大学に入って1年目のころ、事件が起きた。妹が、姿を消してしまったのだ。友人総出で探し回り、そして方々に電話を掛けたけれど、なかなか見つからなかった。「とりあえず、飯食って落ち着こうぜ。お前の顔、真っ青だ」そう友人が言いながら渡してくれたコップの水面は少し大きな波紋を作って、僕自身の手が震えていることを教えてくれた。「もう、俺は生きていけないかもしれない」
「ごめんなさい、道に迷っちゃってたの」「そっか、大丈夫だったか」「……うん。お兄ちゃんこそ、心配してくれてたんだよね。ごめんなさい、そしてありがと。」そういって妹は僕の袖をギュッと握った。「私、やっぱりお兄ちゃんと一緒じゃないと何も出来ないから」涙を浮かべながら、しかし妹はてへへっと顔を赤らめながら笑った。
このままだと、余りに依存し過ぎて二人が共にダメになってしまう。その事件から僕はずっと思い続けた。「このままだと、ダメになる。良い結果になるはずがない」散々自分周りから言われ続けたことではあったが、自分で向き合ってみるとその事実の大きさに押しつぶされそうになった。「このままでは、いけない。絶対に、いけないんだ。」そして、僕は決心した。
「お兄ちゃん最近冷たいね。」そんな言葉がざっくりと僕の心に刺さる。僕は妹との距離を置くことを決め、出来るだけ妹と一緒に居ないようにした。どこに行くにも一緒に行動をしなくなった。何をするにも一人でするようになった。そうする事で、今までの自分が行ってきた間違いが赦され、責められなくなると勝手に思い込んでいた。しかし、空っぽのワイングラスのような心は寒々として、温もりを求めた。そして、妹以外との関係にのめり込むことで妹を見ないようにしてしまっていた。しかし、それは卑怯な逃げ以外の何物でもなかった。
その日、僕は二人の女性と一夜を共にして夜中日付も変わる頃に帰ってきた。「そういえば、しばらくあいつの顔みてないな」しかし、そんな時もあるだろうと、僕はさして気に留めず、ここ3日ばかり洗濯したまま放置した衣類を取り出そうと洗濯機を開けた。「……おい、おい!しっかりしろ!」そこには冷たくなって動かなくなった妹の姿があった。
慌てて妹を取りあげ、必死に水切りをして陰干しをした。そして、僕は祈るような気持ちで妹の電源ボタンを押した。「頼む動いてくれ。。。」けれど、冷たくなった妹が二度とその明るい笑顔を見せてくれることはなかった。